美幸(びこう)線について

美幸(びこう)線について写真

 トロッコ王国が現在使っている延長5kmの路線は、昭和60年(1985年)に廃止
された旧国鉄美幸線の跡地の一部で、実際に列車が走っていた路線を使用しています。

 同線は北北海道内陸部にある美深(びふか)町と、北オホーツク沿岸の枝幸(えさ
し)町とを結ぶ総延長80km余りの地方交通線として計画されました。

 それぞれの町名の一部をとって”美幸線(びこうせん)”と名づけられたのです。

昭和59年2月改正の時刻表

駅名読み方921D923D925D927D美深からの営業キロ駅名922D924D926D928D
美深びふか7101352155719020.0仁字布804142816331938
東美深ひがしびふか7161358160319084.3辺渓820144416491954
辺渓ぺんけ7211403160819136.3東美深824144816531958
仁字布にうぷ74014221627193221.2美深830145416592004

 宗谷本線美深駅から一路オホーツクを目指して建設された同線は、東海道新幹線が開
通したのと同じ昭和39年(1964年)10月、美深から20km余り東に行った仁宇
布(にうぷ)まで部分開通しました。美深町仁宇布地区は、同線の開通直前に電気が
通ったばかりの山間地にあり、人、物、そして文化を運ぶ鉄道開通は住民の悲願でし
た。

 その後、工事は歌登(うたのぼり)町〔合併により現:枝幸町〕を経て枝幸町へと進
み、あとは枕木とレールを敷き、列車が走るのを待つばかりとなりました。しかし、折
から国会を通過したのが国鉄再建法です。これにより、美深から当時たった60世帯ほ
どが住む仁宇布までを結んでいた同線は、「日本一の赤字ローカル線」と呼ばれ、工事
の凍結に加え、第1次特定地方交通線として廃止対象となったのです。

 当時の美深町長は「枝幸まで開通していないのに廃止対象となるのはおかしい」と立
ち上がりました。赤字返上に少しでも役立てばと、東京や大阪で仁宇布駅発行の切符を
売ったのをはじめ、美幸線にお見合い列車を走らせるなどユニークなアイデアを駆使し
た結果、赤字日本一の不名誉な称号を返上することが出来ました。 しかし、同線は結
局モータリゼーションなどの時代の波に勝つことはできず、昭和60年(1985年)
9月16日、多くの人々に惜しまれながら「さよなら列車」を運行したのです。

 廃線から13年経った平成10年(1998年)7月、住民有志によってトロッコ王
国が開国しました。朽ちた枕木や曲がった線路を修復し、線間に生えた雑木を切り倒す
など、旧仁宇布駅から5km美深寄りまでを整備するのは、並大抵ではありませんでし
た。しかしトロッコの運行開始後、多くの入国者に恵まれ、喜ばれている現実に、私た
ちは自ら選択した道を本当に良かったと感じています。トロッコが運行を続ける限り、
美幸線はなお生き続けそして多くの方の心に刻まれることになります。


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